モリオカ三行日記(ブログ)

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zoom RSS メディアリテラシー教育をしてみる

<<   作成日時 : 2004/11/07 21:15   >>

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 過日の短大の卒業演習ゼミで、ゲストスピーカーとして現在テレビ局にお勤めの旧友をお招きしての特別講義を行った。
 卒業演習ゼミは「情報文化コース」のものであり、このコースは大きな教育目標の一つとして「メディアリテラシー」の育成を掲げている。
 しかし、さてはて、「メディアリテラシー」とはいったい如何なるものであろうか?
 直訳すれば「情報伝達媒体における読み書き能力」とでもなろうか、しかし、これほど広義に(或いは場合によって便利に)使われている言葉も現在そうあるまい。「否、お前が無知なだけだ」とお思いの方は(まあ半分あたっているが)東大の情報学環で出している研究書と教科書会社が出している中学生向け手引き書を見比べてみられるがよろしい。同じ言語でしゃべっているとは思えないから。
 例えば、「PCをはじめとするデジタルメディアを使えるようにすればよい」とおっしゃる方もいれば、「(マス)メディアについての批判的観点を養うべきた」とおっしゃる方もいる。確かに双方とも必要だろうが、しかし何れもそれだけで十分であるとは言えない。
 メディアであれなんであれ、スキルは「必要に迫られて上達する」しか王道はなく、また考えようによってはそれで十分でもある。現に、「MSのワープロソフトで紙書類を作るのが苦手なSE」というようなタイプの方をたまにお見かけする。「使わない」のだから当たり前だ。「使う」ためではなく「教える」ためのメディアスキル教育に何かを期待することはできない。しかし、現に社会生活で使うべき数多くのメディアを全てあらかじめ学校教育段階でカバーすることは、単純に数の面からだけでも不可能であり、或いは端的に無駄である。
 一方の「メディア批判」も、それが「正しい情報を伝えるとは限らない(偏見に満ちた情報しかない)」という形で行われる限り、すぐさま所謂「陰謀史観」に結びついてしまいかねないアブなさを持っている。何でも「マスコミが悪い」といって済ませてしまうことの不毛さは今更言うまでもないし、「新聞やテレビは嘘をつくからインターネットで正しい情報を得ましょう」などという冗談にならない冗談すら聞いたことがある。個々のケースが依存する準拠枠を考慮しない「正しさ」など、それこそ徹底的にイデオロギー的なものでしかない。

 だから、「んならいったいどないせいっちゅうねん!」というつっこみと共に「メディアリテラシー教育」は始まらざるを得ないわけだが、今回の講義を準備するにあたって、ゲストスピーカーH(名前を出して仕事をしているヒトではないのでイニシャルにしておこう)との間で最も考えあぐねたのもこの問題で、数ヶ月にわたって断続的に行われた打ち合わせの殆ど全ての「シメ」で、「で、オチはどうするの?」と頭を抱え、そのまま講義当日を迎えた。
 彼女はローカル情報番組のディレクターをしていた方なので、ウチの学生に「情報番組の台本」を書いてもらってお見せし、それを採点しながら「情報(テレビ)番組」の「文法」について裏話を交えつつ語って頂く、という方式で講義をとりあえず進行することにした。今時、テレビとか映画とかのギョーカイバナシを聞く「だけ」で有り難がる純朴にサムイ学生はそう多くないので、もちろん「テレビの文法」、即ち、「よりわかりやすく伝える」ための、情報の取捨選択から演出の細部に至るまでの操作、を改めて受講者に意識して頂くことを、この部分のメインの目的に据えたことになる。この目的は、学生の書いた台本によって、思いがけないほど効果的に達成されることとなった。というのも、彼ら彼女らの作った台本が、ものの見事に「どこかで見たテレビ」を利用していたからだ。もちろん、模倣が悪いといっているわけではない(「自分は他の人と違うオリジナルな発想ができるもん、やったことないけど」という幼稚な思いこみの方がタチが悪い)。そうではなくて、「わかりやすく伝えよう」とすればするほど、無意識的に「テレビ的文法」を習得していくことになる、という現象を、学生たちは身をもって知ったわけである。
 しかし、実は講義全体のクライマックスはこの次。学生の書いた台本の添削を終えたH先生がおもむろに取り出したのは、自分の情報番組ディレクター生活の最後に作った、とある番組のビデオテープである。具体的な内容はその場にいた者の特権ということで省略するとしても、表ありグラフあり法律の条文ありと、これが夕方主婦向けの情報番組か、というくらい、とにかくこみ入っている。おまけに、対立する立場双方のインタビューもとってあるもんだから、とりあえずの結論すら容易に見えない。あれほど「わかりやすい」ことを訓練した番組作りのプロがどうして?という質問には、「だってこの問題結論ないでしょ?」とクリアなお答え。そう、要するにその番組は、「わかりにくい」ということを「わかりやすく」伝えたものだったのだ。

 モニターの前やファミレスのど真ん中であーでもないこーでもないとやり続け、結局Hと私がたどり着いたのは、「伝わらないことのためのリテラシー」という、奇妙に矛盾した結論であった、ということになる。おお、すげー、かっこいい。しかし、よく考えればこれは一般論としても当たり前ではないか。「我々が話すことができるのは結局他者の言葉だけである」とはあまりに構造主義チックな物言いだが、そもそもあらゆる「文法」を習得するとはそのような認識を追認する行為でしかあり得ない。しかし一方で「伝えたいことが適確に伝わる」だけのコミュニケーションが蔓延する世界などどこにもない。伝えたくてどうしても伝わらないことがあり、或いは伝えたくないことまで伝わり、ひょっとして伝えたいことなどそもそもなかったかも知れないとの疑いが兆し、その全てに誤解が伴走して奇妙にコミュニケーションが混線する。そのような場所こそ我々にリアルに実感される世界であるなら、リテラシーもそれにふさわしいものが模索されていい。
 これはあまりに一方的に「ガクジュツ的」なまとめだが、しかし、「ギョーカイ的」にも「ガクジュツ的」にも語ることができる、というそのこと自体が、「ご託宣をうかがう」にとどまらない豊かさを保証するものだとも言えよう。そのような意味でもとにかく今回の特別講義は大変に面白かった。こんな「産学協同」「大学に求められる社会との関わり」なら常に大歓迎なのだが。

(というわけで、写真は講義後の打ち上げ。プライバシーに配慮してピンぼけ処理。)

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メディア・リテラシー
自分のブロッグの広報活動として「メディアリテラシー」に言及しているブロッグにトラックバックさせていただきました。 ...続きを見る
些事暴論
2004/12/16 05:34

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
やっぱり、車中の携帯メールは伝えたくないことが伝わってしまって良くないっすね。
飛行機でも寝台でもなく、ここは男二人、是非往復2万のバスで混線したコミュニケーションのリアルを感じてみましょう。
って0泊3日で行く、〈京都〜仙台・紅葉と文学の旅〉についてなんですが…
Tetsuya
2004/11/07 23:57
2CHで進行中らしいとんでもない話。真偽のほどは定かではありませんが私はあまりのことにコメントのしようがありません(苦笑)。メディアリテラシー的にどう考えればいいでしょう。
http://plaza.rakuten.co.jp/nonuno/diary/200411080000/
yanase
2004/11/09 12:35
田代砲の存在を知ったときにはマジ笑いしてやれやれ〜と煽ったりしてみましたが(だってタイムのマンオブザイヤーなんて心からどうでもいい企画)、今回のは、自分たちが全然「一億二千万」などではないことを知りながら幼稚なギャグに執着している自分らネラ〜の姿を微妙に戯画化して楽しんでいそうなあたりが過剰に俗流ナルシスティックですね。
メールどうもありがとうございます。未読のものも多いですが、どうにかこうにか返信してみたいと思います。
morioka
2004/11/09 13:47
関連情報
http://www.wdic.org/?word=%C5%C4%C2%E5%CB%A4+%3AWDIC
yanase
2004/11/09 14:52
こういうのもサイバーテロというのかもしれませんが
逆襲されたらどうする気なのかと少し心配です(実際相手がヤバ過ぎでしょう)。
返信お待ちしております。
yanase
2004/11/09 14:55

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