モリオカ三行日記(ブログ)

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zoom RSS Dancing in the dark

<<   作成日時 : 2004/12/27 05:33   >>

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 4時前、失意のうちにチャンネルをスペースシャワーに変えてみたらば、ナガブチ○ヨシの最新PVがあまりに「まんま」だったので目がまん丸になった。
 成る程、本人はあれだな、Born to RunからRiver、そして…という路線を走っているつもりだったのだな。フォークの唯一のサヴァイヴの例なのだから、気づかなかったワタクシの方がうかつだったということか。

 こういう、オマージュというかコラージュというかパクリというか影響関係というか剽窃というか、まあ、なんというやらの例は、特にツヨシ君に限らず山ほどある(過去のあまりに有名な「スレスレ」の線では、例えばサ○モトハルとスタイルカウンシルとかか)。こういうのに接する態度として、次の二つの基本パターンがある。たぶんだけど。

1,ドメスティックな文化産業が「二流」「模倣」であることに苦笑し、オリジナルがわんさかある宝の海にこぎ出す。ついでに、そのまがい物がどのように影響を受けているのかスルドク分析しちゃう。
2,現実に(他人も自分も)ウケていることを最重視し、実存的な愛(/反発)をめんめんと語る。ついでに、まがい物呼ばわりする人を「この知ったかヲタク、ありえなくね↑?」と冷笑しちゃう。

 居酒屋でよく見る光景でしょ?
 ただ、たぶんこういうナイーヴな反応をハナから計算ずくの人たちもいる。

3,1がいればいるほどコアな2がヒートアップし、2がいればいるほど通りすがりの1も足を止めることを十分承知で、露悪的にまがい物を作っちゃう。

 私が知っている狭い範囲でしかないが、所謂くりえいたぁサイドにはこっちのタイプの人がわんさかいる。こういう人たちに、「いい○○だね」といっても「見事はまった」とムフフされちゃうし、「○○のネタは××だろ?」といっても「お利口さんだね」とハイハイされちゃうわけである。(彼ら彼女らの名誉のためにいっておくが、それを自らのジレンマとして毎夜ウンウンしている人も、同じくらいわんさかいる。)
 もちろん、3の人たちは「たかだか」対価のためにネタを拾って享受者の前に並べてくれるわけだから、大人しくムフフもハイハイもされときゃいいのかもしれぬ。それで我慢ならないひとは1や2のナイーヴさを貫き通せばよいことだろう。1は確実に、そして場合によっては2も、他人にとっての利用価値がある何らかの生産性をもっていることは、所謂「研究」「批評」の連綿たる歴史が実証するところだ。(だから、1じゃなきゃ研究ではないとか批評の方がクリエイティヴだなどという戯れ言は全く信じていない。そんなんどっちでもよくね↑?)

 「それでもどーしても我慢ならーん」というひねくれ者は、1と2とを何とかクロスオーバーさせようという無茶をしだすことになる。HANOI ROCKS「MOT0RVATIN'」をカバーしたG.D.Flickers「炎のドライビン」(『トラベリン・バンド』所収)の訳詞に妙な愛着を覚えるまでになれば、立派なバカのできあがりである。 享受者にとっての唯一無二の特権は「選択の自由」なのだから、「何とかして楽しめるものは全部楽しむ」という方向に行く方が幸せであろう。

 しかし、時としてそういう享楽を許さないナイーヴさに出くわすことがある。特に居酒屋のカウンターで。無論、3の態度をモロに見せられたらむかっと来るのが人の世のならいである以上、ワタクシがナガブチ君のPVに目を丸くするくらいはとりあえず許して欲しいのだが、しかし、それについてなんか面白そうな解説があればとりあえず聞くだろう。特にそれをバッターボックスにはいるテーマソングにしている一塁手から聞かされたら正座して聞くかも知れない。それは、その9000万円年俸ダウン選手がこわそうだから、というより寧ろ、ワタクシがバカみたいな「楽しがり」だからである。あるいは、そのだんじり男の入れ込み具合が尋常ではなさそうだからである。
 しかし、世の中にはひねくれ者のくせにバカになりたくない、っちゅう困ったひともいるらしく、1と2とのナイーブさを総取りして、「よくなーい」ととにかくいいたい、俺はいいたい、私もいいたい、っつうタイプにもたまに出くわす。そう、特に仙台は北山の居酒屋のカウンターでである。そういう人にであってしまったならば、「あら、いろいろお考えなんですね」と愛想の一つでもかまして立ち去るのが大人の態度というものであろうが、当時23のワタクシは当然バリバリのがきんちょであったので、思わず激高して漱石のすばらしさを語ったのである。居酒屋のカウンターで。うっ…恥ずかしい。

 なんだかいつの間にか悪夢のような記憶がよみがえってきて、何が言いたいのか分からなくなってしまったが、とにかく、この手の話をするときに必要なのは、入れ込みであってナイーヴさではない。前者に必然的に後者がついて来ちゃうとしても、後者だけをフル装備するのはジョンライドンだけで沢山だ。柄谷先輩の文章を思わずにこにこして読んじゃうのは、彼が「近代文学が終わった」と悪態を吐くからではなく、彼が本気でQを信じちゃうからである。もう何も起こらないことがはっきりしている「白人ブルースバンド」ストーンズの新譜をまだ買っちゃうのは、彼らがレジェンドだからではなく、彼らが「まだやってる」からである。他の人も多分そうだと思うんだけどな。居酒屋での熱い議論にはホントにこりごりだ。

 …うーん書きすぎ。後は箇条書き。
a 今頃「オースティンパワーズ」をみたら、主人公キャラがヨン様に激似でびっくらこいた。
b 「ロッカーズ」をみたら、「中村」が陣内の生き写しでびっくらこいた。
c タイトルが何と何とをかけているか分かった人(特に東京在住の人)も分からない振りをして下さい。

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コメント(6件)

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「クロマテイ高校」のタイトルのつけ方とあの画風は1・2・3のうちどれなのでしょう。それと「ドグマテイークなテクストへの入れ込み」としては[スロヴェニアの大将]と ou 「資本論を読む」の人のどちらが正解?
yanase
2004/12/27 14:42
あはは、「クロマティ高校」については、まず間違いなく「池○遼一って一体何者だったの?」という問を喚起する「3」になるでしょうし、スロヴェニアの大将は既に「何を題材にしても同じ事しか言わない」かつ「それがラカンとはだんだん関係なくなってる」ということを考えれば「バカ」に近づいてるんでは、と思いますが。しかし、「クロマティ」のあのカルト的なウケ方は私には今ひとつ理解できません。
morioka
2004/12/28 13:06
なるほど3ですか。しかしもう「メカ沢新一」と「メカラッタ」のもとネタも知らない子達が読んでますから。
(あのタイトルのつけ方は音楽相当好きでしょう)

「スロヴェニアの大将」はラカンと関係なくなるどころか
キリストとレーニンが前面に出始めた(この二つが出たら同じことの繰り返しになって当然)から「バカ」=3すら通り越して「殉教」=2しているのではという気もします(居酒屋のカウンターでーしかも素面でー語ってもよろしゅうございますが)。「資本論を読む」の人はしかし123どれにも入りませんね。
yanase
2004/12/28 16:19
なるほど、まさしく殉教者の姿勢ですね。
殉教者にとっては神の実体性は問題にならない。
腑に落ちて膝を叩きました。
morioka
2004/12/28 16:31
しかも「object petite a」だから偏在する仮象でご本尊は表象出来ない「Autre」ですからね。良くできてると同時にキリスト教の理念そのものですね。しかしダウナー系漫画家野中英次と一緒に語られるのは「スロヴェニアの大将」にとって栄誉なのでしょうか。
yanase
2004/12/29 02:20
これは123どれでしょう。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041228-00000161-kyodo-ent
yanase
2004/12/29 02:27

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