モリオカ三行日記(ブログ)

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zoom RSS 暑いさなか、みなさんつつがなくお過ごしですか?

<<   作成日時 : 2005/08/04 11:14   >>

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 とある学生のエピソードを紹介しよう。映画批評の演習や企画書作成の演習を随分気に入ったらしいこの学生は、広報用のメッセージ欄に、「私は、昔からこういう勉強がしたかったのかも知れません。この短大に来て初めて気がつきました」と記入した。

 誠に教師冥利というべきで、随分勇気づけられたものだが、では、この学生が本当に「こういう勉強」を前からしたかったのか(もっと言えば短大文化学部系で提供する学習内容を潜在的に欲望している高校生は沢山いるのか)、と聞かれれば、残念ながら、恐らく答えは「NO」である。例えば、高校生時代のこの学生に、「企画書書くよ」「映画批評するよ」と告げて関心を持たれるとは到底思えない。彼女の言葉をもう一度注意深く聞いてみよう。彼女は正確にも「初めて気づいた」と表現しているのである。このことは何を意味しているのか。

 人間は「自分が欲しいと分かっていたもの」を手に入れることでは、決して満足できない」。逆説的に聞こえるだろうか?しかし、現に私達の欲望の機制はこのようになっているはずだ。なぜなら、「自分が欲しいと分かっている」ものとは、「自分がそれをどの程度欲しいと分かっている」ものであり、その獲得から得られる満足は既に想像的に手に入っているからである。言い換えるなら、そこで得られるのは満足ではなく安心或いは不安の解消でしかない。みなさんの給料日を想像していただきたい。

 では、ここで例に挙げた学生は、いったいどのような体験をしたと言うべきなのだろうか。彼女が無意識の裡に映像表現やプランニングを欲望していた?プレゼン能力やメディアリテラシーの理解が社会生活に不可欠であることに気がついた?繰り返すが、そんな都合のいい(みみざわりのよい)話は疑ってかかったほうがいい。現在某ケイタイ屋でバリバリ営業をこなす彼女にとって、きっと映像表現やメディアリテラシーを「専門的(職業的)」に発揮する機会は生涯ない。しかし、それでも彼女は短大生活を無駄だったなどと思うことはきっとないだろう。それは、たぶん「彼女は自分の欲望を作り上げるすべを学んだ」ということであるほかない。きっと、今の彼女は「こんな仕事がしたかった」と「はじめて気づいて」いるのではないか。
 
 恐らく、自らの欲望を作り上げることは我々が考える以上に難しく、それがないといって悩むほど「間違った問」もまたないのだ。

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