モリオカ三行日記(ブログ)

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zoom RSS ドゥルーズを初めて読んだ頃

<<   作成日時 : 2006/01/30 03:49   >>

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 前のエントリでドゥルーズなんて名前を出してしまったもんだから、思い出話をしたくなった。

 ドゥルーズを初めてまともに読んだのは、大学の4年生になるかならないかのあたりだったと思う。
 現代思想はなざかりの世代は自分より一つ前で、私たちはまあなんというか、異様に華やかなショーウインドウの前で立ちつくしているような感じだった。「理論輸入業者」などという言葉がまだリアリティを持ち得た時代のことである。(今やそんな商売は成立しないだろう)
 で、その前でぼやぼやしながらソシュール読んでわかった気になったり、文学やるんだからバルトかイーザーかとか、やっぱりここは根性入れてマルクスフロイトいやヘーゲルからとか、吉本の爺さまがいうてるらしいから『言葉と物』はやっぱりとか、蒙昧な試行錯誤を繰り返していたわけだが、卒業論文で谷崎やるから、と『マゾッホとサド』を蓮実訳で読んだらえらくストンと腑に落ちて、そのあとガタリとの共作やらそれで山ほど批判されてるサルトルやら訳者の蓮実やらを、わからないなりにやたらと趣味読する一時期に突入することになる。

 そんな20代前半に自分が読んでいたものは、今考えると三つの系統に分かれる。一つは大正期の小説群、もう一つは戦後の批評・小説・詩群、そして、上のラインナップからやがてラカン、ジジェクに行き着くことになる、いわゆる「現代思想」群である。
 その前からある程度いわゆる現代小説や現代詩の類はかじっていて、また卒論修論書く都合上、漱石や一葉鏡花あたりをある程度まとめて読んだりはしたのだが、まあ一番熱心に読んだのは上の三つかも知れない。

 で、今考えるとどうして『マゾッホとサド』がそんなに気に入ったのか、自分なりによくわかるのである。『比較転向論序説』(磯田光一)と『マゾッホ…』と『優雅で感傷的な日本野球』(高橋源一郎)と『西班牙犬の家』(佐藤春夫)とを併せて読む修士時代、という体験は、めちゃくちゃのように見えて、今振り返ってもそんなに悪くなかった気がする。勿論こういう偏向のおかげで取り落としてしまったものもやたらとあったわけだが…。

 そのせいか、結局修士時代には一本も論文を書けなかった。「もういいから物言っちゃえ!」というやけくそな手応えを得始めたのは、もうちょっと別の勉強をしたあとのことになった。

 こうやって思い返すだに顔から火が出るような気分になるが、未だにこの手の青さがちょっと抜けないところがあって、私の最大の罵倒語は未だに「素朴教条主義」「社会の俗流ロマン化」なのであ〜る。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
私が読んだのは大学一年、現代思想のドウルーズガタリ特集と「言葉と物」特集、それと「フーコー」論ですね。当然何にもわからんわけですが、二年の時にデリダやドウルーズの授業を宇野邦一や荻野アンナと一緒に聴いていた渡辺諒さんが赴任、次の年にエーコやブルデユー、ノーマンブライソンとさしで口がきける稲賀繁美さんが着任して彼らの部屋に入り浸ることになります。80年代パリにいて日本の記憶がすっぷりぬけている彼らに日本の本を貸し(蓮実さんの島田雅彦添削とかペヨトル工房ものとか)、彼らからはフランス関係の本を借りる(2人は当時ハテイビと「話すということ」訳していた)という生活が2年ほど続きます。

4年の時にはジジェクとジェイムソン読んでましたね(語学の勉強かねて邦訳されてない奴)。問題はそれ以後語学力が上がってないことですが(滝汗)。
yanase
2006/01/30 09:17
彼らにオリエンタリズム論は徹底してたたき込まれたので(もう一つたたき込まれたフランス語文法は跡形もなく消え失せましたがー両先生ごめんなさいー)、保田與重郎論の原型は93年9月の段階ではっきり出来ていました(学会でしゃべったのは資料的に補強しただけ)。
卒論三島だったから天皇論と国家論は当時から必読、マスター時代は社会学評論と新美術史の論を読むのが趣味でしたから、90年代後半になって国民国家とかポストコロニアルとかほざく輩は片腹痛い。
yanase
2006/01/30 09:25
こういう思い出話しておいて語学力に話題を振られるとわたくし典型的な「国文DQN」であることがばれてしまいます。かろうじて受験英語が読める程度…。それでもラクーラバルトとか読んでみたころはまだマシだったかも知れませんが、今比較系を書こうとしたらば(いや、してるんですけど)ラウル・チャビクラスの急ピッチリハビリが必要です。
上に書き忘れましたが、私の隠棲もとい院生時代は、陰でこってり理論を読みこなした上で、生兵法ひけらかす奴に「へー、んで何がいいたいわけ?」と拳骨くれる先輩が沢山いたので、そういう意味でも恵まれていました。輪読会してみんなで共有、ってのとはまた違う鍛えられ方をしたように思います。
morioka
2006/01/30 20:09
私も語学DQNですけどね。そちらの諸先輩方にはS野さんはじめ語学堪能な方がおられるし理論も「メタフィクションの大将」はじめしっかりした人がいるから。こちとらドイツ語のゼミは教授に切れられ途中で追い出される、中国語は2年半いるのに未だに話せない、フランス語も渡辺稲賀両先生に「こんないい加減な奴はじめてみた」と呆れられる。哀しい思い出しかありません。

こちらの院生時代は理論を異常に毛嫌いする風土でしたから大変でした。
私は平気の平左で横文字と社会科学出しまくりでしたが。
ゼミと読書会では同期の広松吉本愛読する理論ヲタの奴と小一時間理屈の言い合い罵倒合戦。M2の段階で先輩は恐怖で目も合わせなくなる、後輩は2人に木っ端みじんに叩きのめされてみんな潰れていく。おかげではじめて学会に行った時「なんてレベルが低いんだ」と思いましたから。
yanase
2006/01/30 22:41
ゼミが違ったおかげで、かろうじて生き残ってます。読書会はさっぱりわからんかったなあ。わからないものがこの世にあるということを体で実感するのはよい経験です。
kawaguchi
2006/02/02 01:34

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