モリオカ三行日記(ブログ)

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<<   作成日時 : 2006/04/24 22:30   >>

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 谷崎潤一郎研究会から、谷崎記念館再スタートのお知らせを頂いた。詳細はいろいろあるようだが、要するに、芦屋市の外郭財団が解散して民間委託となり、経営的な努力を今以上にせねばならなくなったが、その経緯や研究拠点的性格を具備した文学館を目指してきた従来の方向性との齟齬等が問題となって大変なことが様々あった、ということのようだ。直接関わられた方々のご苦心いかばかりかと偲ばれる文面を会員宛ということで頂戴したわけである。未だ懸案を抱えているようでもあるが、とにもかくにも再スタートを切られるのは一会員としてよろこばしいことである。

 こういう事件(?)を耳にするだに、一時期あれだけ設立されていた文学館・記念館の類が商売として成立しなくなったのは一体いつからだろうかなどとついつい思ってしまうわけではあるが、或いは昔から商売になどなっておらずずっとパトロン頼みのサロン的経営でやってきたのだろうか?

 こういうふうに書くと「何を他人事のように」と憤られる向きもおありであろうが、他人事どころではない。大学自体が文学館と全く同じ状況にあることを忘れることなどとてもできない。「経営として成り立たないところは早々に退場すべし」というハードボイルド且つ男前なテーゼに従って、「客」を集められる「商品」を陳列するかしないかでテンヤワンヤ、というのは何処も同じ秋のゆふぐれであらう。

 しかし、この構図はやはりちょっとデッサンが狂っている。当たり前のことを繰り返すようだが、大学に「商品」を求めて来る学生はいない(子どもに「商品」を買い与えたくて行かせる人はいるかも知れないが、まあたいていの場合学生本人はそういう期待をあっけらかんと裏切って別の楽しみ方をしてしまうものである)。何も大学や文学館に限らない。郊外スーパーに来る客は、「そこにしかない商品」を求めているのではなく、「そこに来たら何かがある」から来るのであって、その「何か」が具体的なものであるとは限らない。エスカレーターがガラス張りなのは何故か、フロアの見通しがあれだけ重視されるのは何故か。「百貨店の一番の売り物は他の客(によって煽られる欲望)である」と喝破したのはさる文学研究者であるが、だとするならば大学や文学館の「商品」もどうして同断でないことがあろうか。

 欲望の対象が具体的明示的であると思いこむことなど倒錯に過ぎない。もしそうであるならどうして人はいんたーねっつ等という怪しげなエリアに20万からの金をかけてつながろうとするのだろうか。遠くの人とコミュニケーションする?電話するっちゅうねん。相対的な差異や自己(の欲望)の限定性の自覚によって開示される未知の領域によってこそ、欲望はかりたてられる。だから、「商品に対する真っ当な対価」という図式は分かりやすくてもちょっと嘘である。欲望を駆り立てられ消費に及んだものが事後的に反省する時になって初めてこの図式は意味的に駆動するだろう。

 だとするなら、大学乃至文学館が「商売」として目指すべきところは、如何にして「客」(と敢えて書く)を「未知」と遭遇させるか、という点にあるような気がし、またそれは同時に最も知的な態度であるようにも思う。だからたぶん、優れた経営者は(銭金の計算ができるとか機を見るに敏だとかそういう問題ではなく)やはり大変知的な人間でなくてはならないだろう。

 私自身世に言うFD的な試みを随分してはいるが、教員であると同時に研究を志す人間として相互に矛盾や疎隔を感じないで済むのは、このように考えるからであって、決して「売れる商品を効率的に売る技術」を考えているからではない。

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つhttp://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/tatenarabi/archive/news/2006/01/20060111ddm002040119000c.html

石川啄木の文章にありましたかね、「近頃若者が『何か面白いことはないかねえ』と言って歩いている」という趣旨の(「時代閉塞の現状」でしたか)。
それとかつての「〜を不意打ちすること」「不気味」「出来事」云々という語の隆盛(ちょうどバブル期)。

EXHIBITIONがMARKETで成り立つという発想が極めて19世紀的なのかもしれませんしね。もうこれはEXHIBITIONではない(「これはパイプではない」?)、ARCHIVEなのだということを認めたほうがいいのかも。
yanase
2006/04/25 19:24

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