モリオカ三行日記(ブログ)

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<<   作成日時 : 2011/04/03 22:33   >>

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 長期休暇を終えた学生たちが、大学の日常に戻ってくる、という意味の「バック・トゥ・キャンパス」。かつてとある作家がエッセイ集のタイトルにしていた。

 今回の震災、本当に色々なことがあった(私自身は、神戸の災害に続いて、災害の最も悲惨な当事者になることを逃れた)。当事者でなくとも、これだけの規模の災害で、身内や仲間にまったく関係がなかった、そして災害地に思い出の一つもない、という人の方が珍しいのではないだろうか。停電もそう、買い占めもそう。勿論、地理的な隣国、そして地政学的な関連諸国、さらに福島原発の問題で、地球規模の懸念がいま生じている。これは、被災の当事者とそうではなかった人たちが(残酷にも)截然と別れた神戸の震災とは全く異なる事情であったろう。そのような状況の中で、実に様々な思いが交錯して、歪みや矛盾が露になったことも、自然な成り行きであった。Pray for Japan、でもそのJapanは東北のことか、東日本のことか、東京のことか、あるいはあなたの胸にある幻想のJapan?

 ある人は言う。
 「東京の人は東北と北関東を被災地だと言い、山形の人は宮城を被災地だと言い、仙台の人は沿岸部を被災地だと言った。」
 この状況の中にある人間の本質に近い部分を的確に指摘する言葉だろう。我々は、辛い状況にあるとき、自分より辛い人間がいるということを、自らとの連なりにおいて考える。もちろんその想像は、「死者の再利用」をする不謹慎な輩が登場する余地を生みもするが、しかし、我々はこの幻想によって、辛うじて生きている。

 神戸の教訓がいきた部分はあっただろうか。「火事場泥棒」はやはりいた。報道や政府の対応を糾弾する声も大きかった。何か変わったところはあっただろうか。無計画なボランティアの押し売りは少なくなり、統制のとれた救援活動への支援が増えたのかもしれない。「助けたい相手が今一番何を欲しているか」を想像する力は、少し向上したのかもしれない。そうだとしたら、我々の社会も少しは成熟できたのだろうか。

 しかし、一種のヒーロー待望論は今回も絶えることがなかった。全ての事象を「わかりやすく」解説してくれ、あるいは「わからないまま」無事にやり過ごしてくれる人を求め、そうでない人を倫理的に糾弾する。自らが英雄的に行動することを希求し、あるいはその英雄的行為を賞賛することでポジションを確立しようとする。RT、RT、RT。

 もう皆が薄々と気づいているように、我々の社会には万能の英雄はいない。そして、我々は英雄ではない。では、我々はいったい何者なのか。 「仮の姿」を通してできることは限られている。それを「仮の姿」だと自ら思う限り。70年前、「事変に文士としてではなく一国民として処す」と述べた批評家がいた。ではいったい彼は何者だったのか。その後の彼自身に重くのしかかった問いであったに違いない。

 二週間遅れて勤務先のスケジュールもスタートする。休暇とは言えない、苦しく心落ち着かない時間を過ごすことを強いられた学生たちも、もうすぐキャンパスに戻ってくる。戻れなかった学生もいる。本来来るべきだったはずの場所にたどり着けなかった高校生たちも。

 さあ、仕事の時間だ。

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