モリオカ三行日記(ブログ)

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zoom RSS 台湾「の」日本

<<   作成日時 : 2009/09/04 20:21   >>

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たったの一週間足らずなので、茫漠たる印象になることは避けられないけれども、少しばかりの印象を。
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台北の街のあちこちに日本統治時代とおぼしき建物がまだ残存し(その一つに吉野家が入っていたのにはなんか複雑な感じでウケた)、また、「日式」の看板も多い。必ずしも日本流、ということでなくとも、「日式」=「高品質」というイメージが利用されているとの説明であった。

まず、日本統治時代以前の名残を(少なくとも台北では)ほとんど見ることができない、というのはやはり大きなカルチャーショックであった。歴史、そして人口(エスニシティー、言語)構成を振り返れば容易に理解はできるはずなのだが、山形に暮らしているのとはだいぶ感覚が違う。神戸にいても、須磨のあたりでは源平合戦のどうのこうの、というウソかまことかは既にどうでもよいレヴェルに達した説話が盛りだくさんであった。

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で、日本は、その中で、「愛されている」のではなく、「選ばれている」のだなあ、という感覚を忘れてはならないのだと思う。

同じく日本文化、日本語の学習が重視されている、(そして、同じく複雑な歴史的事情を挟んだ)韓国と比べても、街全体から圧倒的なウェルカムの空気を感じる。漢字が通じるというところも、語学不自由な人間にとっては大きかったのかもしれないが。

ただ、これを「台湾は日本をリスペクトして愛している」という風に情緒的にとってしまっては夜郎自大というものではないかと思う。もちろん、国(nation)をただ一つの人格のように扱うことが乱暴だ、という前提がある。そして、どうもこちらの人たちは、この前提に我々よりもっと敏感であるように思う。マジンガーZが「思い出のアニメ」として愛されることと、その起源を遡行して愛情や尊敬を日本という国に投影する(ことを期待する)ことのあいだには、かなりの径庭があるように感じられた。それは、隙あらば他者に情緒的に寄りかかる/反発することを試みるような、すなわち他者を他者として遇することが極めて苦手である、日本のお茶の間政談にどっぷり浸かった私のような人間にとって、かなり新鮮で、かつ、貴重な反省の契機となるものであったと思う。


誤解なきように申し上げるが、これは別に台湾の人たちが冷たいとかそういう話では全然ない。今回も知り合いの方のつてをたどっての旅行で、同窓生(元留学生)の皆さんにも本当に良くしていただいて(韓国でもそうだったが、ウチの同窓生の皆さんは面倒見が良すぎる位いいのだ)、当方はずっと間抜け面してふらふらしていたのみ、本当に感謝しつくせないほどであった。

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イシモチを蒸したもの。超うまい。

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反省などホントにしたのかという勢いで食べ尽くされ、飲み尽くされたものの数々。いやー、大変おせわになりました。今度はこっちが接待できる機会のあらんことを…

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