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zoom RSS 広介記念館で講演をしてきました。

<<   作成日時 : 2012/08/21 20:01   >>

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8月19日に行われた第8回ひろすけ童話学会で講演をして参りました。
要旨は以下に。このテーマはもう少し色々と広がりがありそうです。
現在の科研費共同研究で扱う「疎開」とも関わりがありますし、しばらくおつきあいが続きそう。
その間に、研究資料体をきちんと整理するお手伝いができるといいのですが。
作家のご息女、留美さんがおこしになって、話した内容に力強い賛同をいただいたこと、とても嬉しく思いました。


 浜田広介の「詩と小説」(に対する考え方)をたどることで、「童話以前」の広介の姿、そして浜田広介の「童話作家」としての出発について考えてみたいと思います。
 「ひろすけ童話」の一貫したモチーフが「善意」にあるという見解は既に定説になっていますが、出発期の広介自身は必ずしもそのような明確な意図を持っていたようには考えられません。彼は、子どもに対する社会教育的な配慮を重視する童話観に反対しながら、自立した「自己表現」の芸術領域としての「童話」を考えようとしていました。
 そのような初期の「童話」観は、「童話」以前に広介が試みた、詩(主に短歌)及び小説(或いは小品、戯曲)の執筆体験の中から生まれたものであるように思われます。
 与謝野晶子、石川啄木らの影響をうけて短歌を創作していた彼は、所謂「民衆詩派論争」のさなかに、明確な白鳥省吾批判、北原白秋擁護の論を発表します。これは、彼が創作を読者対象からあくまで自立した芸術表現と見なしていたことの現れです。
 一方で、『萬朝報』などに投稿した散文においては、自然主義的な「露骨」な「悲哀」を強調する手法を用いつつ、自らの実体験を題材化します。当時の流行に乗ったとも言えるこの試みは、彼が「善意」というモチーフを手にすることによって放棄されたように見えます。しかし、その真逆とも見える二つの作風は、広介の中で密接に関わるものとして意識されていたのではないでしょうか。「むく鳥のゆめ」の「枯れ葉」は、彼の中の「童話」の位置づけを明確に語りだす寓喩として読むことができます。
 以上のような検討から、「孤高の作家」とも言われてきた広介について、その(児童文学という枠組みにのみこだわらない)文学史的な位置づけを再考する手がかりのいくつかを見いだせるのかも知れない、と思っています。


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